『 本来の教育 』
長い伝統をしっかりとらえて、その生かし方を前進的な方向で真剣に考える。
かつての日本人は明治以前では、自然とか人の世とかをそのまま自分の心の内容だと思っていた。
自然が美しければ自分はうれしいし、他人が喜んでおれば自分もうれしいといったふうでした。
そういう広々とした心が本当の自分なのだと思っていました。
自分がかわいいから、住んでる町が愛しい、住んでる国が愛しいという思いがありました。
そういう考え方を日本国民が共通的に持つには、教育の役割が非常に重要となります。
今の学校教育は、知識偏重。本当の教育は、人間そのものの教育。知識を物としますと、
それを入れる器が必要、その器は人間。器を作らないで知識だけ、物だけ与えても流れてしまう。
知識を受け入れるに足る人間を教育すべき。また、「知識は従」で、「知恵が主」である。
知恵のない人間に知識を与えたら、何をするやらわからない。知識の持ち腐れに終わります。
知識を世の倖せのために行使する人間そのものを育てる教育、人間そのものをたかめていく教育を進める。
それが本来の教育。
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