287[ 眠らせている最善のかたち ]◎「最善のかたち」を目指そうとする生き方の中に「人間らしさ」が宿る

[ 眠らせている最善のかたち ]◎「最善のかたち」を目指そうとする生き方の中に「人間らしさ」が宿る。

 「どんな時にも人生には意味がある。

未来で待っている人や何かがあり、そのために今すべきことが必ずある。 」は、

フロイト、ユング、アドラーに次ぐ「第4の巨頭」と言われる偉人ヴィクトール・E・フランクルの言葉です。

ナチスの強制収容所を生き延びた心理学者であり、その時の体験を記した「夜と霧」は、

世界的ベストセラーになっています。

 冒頭の言葉に象徴されるフランクルの教えは、辛い状況に陥り苦悩する人々を今なお救い続けています。

多くの人に生きる意味や勇気を与え、「心を強くしてくれる力」がフランクルの教えにはあります。

 それはまさに、「逆境の心理学」でもあります。

 私たちが人間の潜在力を最善の形で引き出そうとするなら、

その潜在力の「最善の形」が実際に存在しているということ、

そしてそれを現実のものにできるということを、私たちはまず信じなければなりません。

 
<フランクル心理学は「高層心理学」>

 

フランクルは、人間には意味ある人生を希求する「意味への意志(Will to meaning)」が

あるとしました。

意味を求めているが故に、人は人生がうまくいかなくなると「こんな人生に意味があるのか」と

虚しさを感じ、生きる気力を失っていきます。

 時にその虚しさは、人を死に追いやることもあります。

 これに対して、フランクル心理学(ロゴ・セラピー)は「人生の意味」を

発見する考え方を提示してくれます。

人生を意味で満たす「3つの価値」(創造価値・体験価値・態度価値)はその代表的な考え方です。

 辛い時ほど、意味を希求する心の動きは強くなります。

 そうした苦悩する状況を乗り越えていく多くのヒントを与えてくれることから、

フランクル心理学(ロゴ・セラピー)は「逆境の心理学」とも呼ばれます。

 これはフランクル以外の人たちがつけた呼称です。

 フランクル自身は「ロゴ・セラピー」を「高層心理学(height psychology)」と

表現することがあります。

フランクルは心理学者の第4の巨頭です。

 それ以前に三大心理学者と言われるフロイト、ユング、アドラーがいます。

彼らの心理学は心の深層を対象とするため「深層心理学(depth psychology)」と呼ばれます。

 この概念に対峙する言葉が「高層心理学」です。

 フランクルは「心の深層の分析」に重きを置く先人たちの心理学に異を唱える形で、

自身の理論を発展させてきました。

心の奥を覗き込んでばかりいる深層心理学を「心理主義」と名付け、批判も展開しました。

 しかし、深層心理学に同意をできない点があるからといって、偉人たちの功績を否定しているわけではありません。

 フランクルは記念すべき第一作「死と愛」で、フロイトとアドラーの関係を例えた

「巨人の肩の上に立っている小人は巨人自身よりも遠くを見ることができる。 」

という比喩を引用しつつ、自身の立ち位置を暗に物語っています。

フランクルはアドラーという心理学の巨人に私淑していた時期があります。

 アドラー心理学を批判したフランクルは、アドラーによって破門されてしまいます。

 しかし、フランクルはフロイト、アドラーの歴史的功績は認めており、

彼は、あるいは、彼が考え出した「ロゴ・セラピー」もまた、巨人の肩に乗った「小人」であると言えるわけです。

<最前の形を目指す生き方へ>

「深層心理学」に対する「高層心理学」は、ある意味、人間の高い境地を求めていく側面があるため

理想論に過ぎないと批判されます。

「人は人生に意味を求めるというが、そんな高尚な人に会ったことないし、

自分も生きる意味なんて考え方ことがない。」

・「世間を見渡せば欲まみれの人間ばかりじゃないか。

 意味がどうのこうのと言ってないで、楽して儲けて食べて寝て

人生ハッピーならそれでいいじゃないか。 」

そんな現実世界を眺めた時に実感されるフランクル心理学とのギャップは、

また、そのギャップからくる違和感は、あって当然のことです。

人間を過大に評価し、過度に理想化しようとしているという批判は、

実際、フランクルのもとに多く寄せられました。

人間が「意味への意志」を持ち、高みを志向することへの批判に対しフランクルは、

飛行機が行う「斜め飛行」の例えで反論を試みます。

 「斜め飛行」とは、風による機体の流れを計算に入れた飛行方法です。

 例えば、大阪から東京に飛ぶ時、強い北風が吹くとします。

 方角は東になるので、北風が吹くと南東に流されます。

 それでは目的地の東京には辿り着けません。

 そこで、飛行機は北東に向けて飛ぶのです。

 そうすることで東に向かう状態を維持できるわけです。

 地図で見ると、上から風が吹き飛行機は下方に流されますが、

上方に向かおうとすることで正しい航路となるのです。

フランクルは、人間には常にこの「北風」のような人を下方へ押しやる、

つまり、人間を堕落させる力が働いているのだとします。

 人は天使にもなれば悪魔にもなります。

彼はナチスの強制収容所で嫌というほど人間の醜い面を見せられてきました。

人間が悪魔になる「最悪の形」を知っているからこそ、

上方(人としての高い境地)を目指そうとする意志を持って人生航路を進まなければならないと

フランクルは声を大にするのです。

 「最善の形」を目指そうとする生き方の中に「人間らしさ」が宿ります。

 フランクルは自著でこう書きます。

「自分の中の、より高い欲求や目標を含んだ、高いレベルで自分自身を見る経験がない限り、

人間もまた、その人が本来持っていたであろうレベルより低い所に落ち着いてしまうのである。」と。

 フランクルの理想主義は、冷徹な現実主義に支えられているのです。

<まとめ>

人は自分が心に描く通りの人間になる。

 自己啓発系の本に頻出する考え方です。

 社会学に似た考えがあります。

 社会学者ロバート・K・マートンが提唱した「自己充足的予言(self-fulfilling prophecy)」です。

 人には自分の未来に対する思い込み(予言)があり、それにそった行動をとる傾向があり、

結果的に、自分の予言した通りの現実が目の前に現れてくることです。

 「この仕事はきっとうまくいかないだろう」と思っていると、行動が消極的になり、

チャンスをつかむタイミングを逸して、結果、失敗してしまうということは多くの人が経験しています。

そこでフランクルは、人間として高いレベルを目指すことを理想主義として排除するのではなく、

自己充足的予言として受け入れることで、「運命の北風」に押し流されて

堕落しない生き方を奨励するのです。

いい人ばかりじゃないから、いい人にならなくても良い。

 誰もがそんな寂しい論理に基づく生き方をしていたら、

心の弱さが露呈して「最悪の形」が実現されてしまい、社会は荒廃していくでしょう。

いい人ばかりじゃないなら、むしろ、いい人になろう。

 そんな高みを目指す意志は、人生航路を「斜め飛行」することになり、

「運命の北風」に流されない強い心を育てていくでしょう。

 「人間らしい人間が少数派であることは事実かもしれない。

しかし、私たちの一人一人が、その少数派の一員になろうと戦っていることもまた事実なのである。」

フランクルのこの言葉は、人間の可能性を肯定的にとらえる考え方です。

現実は不条理でひどい人間ばかりだという思い込みは、

自分が生きるこの世界への信頼感を損なうことになり、心をひどく疲れやすくします。

ひどい人間もいるけれど、誰もが「最善の形」を心に眠らせているのも事実です。

「最善の形」が開花する可能性に目を向ける他者を信頼しようとする生き方が、

私たちの心を強くしてくれます。

 この世界は良いことばかりではありませんが、決して、悪いことばかりではありません。

 私たちは「生きる意味を求めて」、日々自己研鑚のもと、豊かな人生を送りたいものです。